非二元とセラピーとエネルギーワーク

非二元の世界では
私はいない、と言います
誰も存在していない
全てはただ起きているだけ

 

だとすると
セラピーとかエネルギーワークって何なの?
人生には意味も目的もなく
ただ全てが起きているだけなら
生きづらさを解消する必要もないということになるの?

 

一瞥したとき
誰もいないのだ、ということの意味がわかりました
本当に、何もありませんでした
これは後付けの解釈です、ここでは時間も主体も言葉も無いので
翌日になって、戻ってきた私は思いました
エゴのすることなくなっちゃった
せっかくセラピストになったのに
やることなくなっちゃった、と
本当にがっくりしました
何日か、ベッドから出なかったような気がします
あまり覚えていませんが
それがエゴの声、マインドの働きによるものだということはわかっていても
その虚しさはなかなか辛いものがありました

 

でもそれでも
私たちはこうして生きていきますね
「私」感覚は健在です、堅田理恵の場合
ご飯を食べるし
仕事に行くし
子供を育てます
「私」が食べているのではなく
食べる、が起きているだけだ、と言いますが

 

大和田菜穂さんは著書の中で
保育園に行っているとき子供は本当はいない、
とおっしゃっていますが
でも
いるとしか思えないし
いるものとして行動しますね

 

私はいないってうそぶいたって
職場の人間関係がうまくいかないのは苦しい
機能不全の家庭に育った苦しみはずっと見かけの私を縛ります
いないはずの私が恋に落ちて
嫉妬に苦しんだりすることもあるかもしれません

 

本当は誰もいない
この全くの空の中で
起きては消える様々な現象
生まれては死ぬ様々な命
名前のあるものたち
空の世界にあって
色の現象を生きる
その両方が同時に存在するのです

 

そして現象世界にも
目で見て手で触れることのできるもの以外に
目に見えない潜在意識とエネルギーの世界があります
そのエネルギーの世界、潜在意識の世界が
実は私たちの現象世界に大きな影響を及ぼしている
見かけ上の私のエネルギーが弱まっていくにつれて、そのことがよりはっきりと自覚されるようになっていきました

 

見かけ上の私が
見かけ上の世界で苦しんでいるとき
潜在意識やエネルギーにアクセスして
見かけ上の私を緩めることができるのです
自我とはエネルギーだからです
見かけ上の苦しみは
本当に見かけでしかないのだと
セラピーやワークを通して
腑に落とすことができるのです

 

それを繰り返していくと
「私」とは思い込みにすぎないことに気づきます
「私」だと思っていたものが
実は苦しみの原因だったのだとわかります
「私」なんていない、ということが腑に落ちた時
真に今この瞬間に実在する時
その静寂、そのしんとした平和を味わうとき
ああこれのことだったのか
深いため息が漏れるのです

 

Heavenly Blue でのセラピー、RB Solution©の方針が変わります
これまではセラピストがプレゼンス、今ここに立ち、クライアントさんをサポートしてきましたが
これからはクライアントさんにも、プレゼンスに在っていただけるよう誘導しながら進めます
その方が、解放が深くスムーズになり、真の自己とはなにか、を思い出していただくことこそが、最もパワフルな癒しとなるからです
もちろん、非二元や目覚めに興味のない方には、そのご意向に沿ったセッションを行います(^_-)-☆

 

第一回RBリトリート終了しました!

プレゼンスとダイレクトパスを体験する、RBリトリート@清里
大成功のうちに終了しました。
終了したのは17日だけれど、エネルギーが落ち着くのに時間がかかって
今頃書いています。

 

会場のコテージに入る前から、すでにワークはなんとなく始まり
宇宙からのエネルギーが降り注いで参加者の周りに素晴らしいフィールドができていました。
その中に三日間どっぷりと浸ることができました。

 

今ここに実在すること、真の自分に出会うこと、を
誘導瞑想や様々なワークを通して体験していきました。
深く実在することで体験できる安らぎや愛をたっぷりと味わいました。
エネルギーワークやアートセラピーなども取り入れました。

 

プレゼンスに実在すると、思考による抑圧が効かなくなるので
古い痛みが噴き出すこともあります。
過去生やバーストラウマ(出生時のトラウマ)など、蓋が外れてガタガタし始めると、そのままセラピーに移行しました。
セラピストばかりの参加だったので、それぞれのスキルやエネルギーが共鳴しあい
深い解放が次々に起きました。
解放が起きる瞬間に雷鳴が轟いたり、必要な小道具や環境がいつも必ず用意されていたり、花や動物が助けてくれたり、
奇跡としか思えないような出来事の連続でもありました。
ワークは、コテージをチェックアウトしてからも、帰りの電車に乗るまで続いたのです。

 

真の自分のパワフルさ、美しさを、参加者全員が心の底から体験できたと思います。
ひとりひとりの目が輝き始めるのを見るのは、無上の喜びでした。
愛と信頼と平和。
そんな言葉が沸き上がります。

 

参加者の皆さんとのコラボリトリートとなりました。
数日間の泊まり込みのスタイルだからこそ、この世界の神秘を体験することができました。
本当にありがとうございました。

 

気づかないで生きてきた

ブログの更新をしばらくサボってました。いま記録をみたら、一月も経っていてびっくりです。そんなはずはないんだけどなあ、と頭をぽりぽり。

実はいろいろありまして。いわゆる一瞥とかシフトとか。それを統合するのに時間がかかりました。セラピーをする意味が分からなくなりかけたりもして。でも、一応落ち着いたようです。その経緯についてはまた別の記事にしますね。

今日はお客様の声を。

入口は「メールを書きたくない」というテーマでしたが
抱えていたことすら気づいていない心の痛みを取り出していただき大感謝です。
「弟の面倒をみなきゃいけないから、泣いちゃいけない」
40年以上も、このプレッシャーを感じて、常に緊張していたとは知らなかった。
まあ、知ってたら、今頃発狂してただろうなあ(笑)
セッションが終わってから気づいたのですが
弟が体調をくずしたこともあり
このプレッシャーはここのところ、本当はより強くなっていたのかと思います。
そのまま感じると辛いから、無意識に感情に蓋をしていたのでしょう。
私の代わりをしてくれていたクマちゃんBlueにも大感謝、ハグハグしたいです~♪
ステキなセッションありがとうございました。
これはうろうろ迷い始める前に受けていただいたセッションなのです。先に書いたようなわけで言葉が出なくなり、ご紹介が遅くなりました。
この方は素晴らしいキャリアをお持ちのセラピストで、私はとても尊敬しています。だからなのか、痛みを見つけると開放はとてもスムーズに起き、こちらが拍子抜けするほどでした。そんな方ですら気づかずに来た痛みがまだあることがある、ということも、大変勉強になったセッションでした。
ありがとうございました。

トイレ代わり?

今日は久しぶりにキレました(⌒-⌒; )
なんかねえ、怒った方がいいような気がしたの
その方が誠実なような

 

八つ当たりされるのは嫌いです
投影されるのは不愉快です
自分の不安は自分で始末をつけて欲しい
自分の無力感を暴力という形で吐き出さないで欲しい

 

自分の感情くらい
自分で責任を取りましょうよ

 

感情に気づいて
自分のものだと認めて
抱きしめるだけのことです

 

それが自分のものだと気づかない
それが一番厄介ですね
でも自分のものだとわかっていても
この相手ならぶつけても構わない、と思っているなら
それはもっと厄介かも
誰かをトイレの代わりにしてるのと
同じだと思うから

 

大切な人って
トイレ代わりじゃないでしょ?

 

私は、
暴言の数々、荒い波動に傷ついた
なので傷ついたことを表明します
それをどう受け取るかは相手の問題
それから
傷ついた自分の心と向き合って
ちゃんとケアしてあげます

 

みんなが自分の感情に責任取れるようになれば
世界の平和なんてあっという間に実現できちゃうんだろうな
きっと^_−☆

良い子の怒り

長い間良い子で生きてきた人は
怒るのが苦手です
わがままを言うことができません
我慢に我慢をかさねて
懸命に努力して生きてきました
思いやりはあるし
責任感も人一倍
なのに何故か正当に評価はされず
損してばかりだったりします

とにかく怒らないように
優しい良い人でいるように
懸命な努力をしてきました
だからわがままな人が大嫌い
自由な人が癪にさわることもあったり

良い子でいた理由は様々です
その方が得だから
そうしないと大変な目に合うから
あるいは特に理由はない場合も
生まれ持った魂の性質も関係しているので
一概には言えませんが
いずれにせよ

嫌だったこと
嫌だと言いたかったこと
あったはずです
それを我慢して
ずっと良い子を続けてきても
それは無理をしてるだけ
溜め込んだ感情は
あなたを蝕みます
苦しかったり
病気になったり
思いもかけない時に噴き出して
人を傷つけたりもします

人を傷つけた時
一番深手を負うのは自分です
もしも子供に八つ当たりなんてしたら
子供にトラウマを作っちゃいます
そうして、その罪悪感がいつまでも自分を責め続けることも
それが怖くて
親になることをためらう場合だってあるかもしれません

怒りを解放しましょう
上手にね
押さえつけてきた荒ぶる獣を
解き放ちましょう
賢くね
できるんですよ

正しいかどうかはどうでもいい
道理に適っているかもどうでもいい
わがままだっていいんです
子供染みていても構わない
今怒っているなら
今悲しいなら
寂しいのなら
それこそが何よりも大切

その気持ちに気付いてあげて
その気持ちに寄り添って
吐き出させてあげましょう

だって私も悪かったし、とか
だって彼も疲れてたんだし、とか
だって私はもう大人なんだし、とか
そういうのはなし
腹立つものは腹立つし
悲しいものは悲しいんです
寂しいなら寂しいの

だってあなたにとって
あなた自身ほど頼りになる人はいない
あなたがわかってあげなくて
他の誰があなたを助けてくれると言うのでしょうか?

気付いたって苦しいだけ
感じたところでどうしようもない
そう思ってきたのかもしれません
そんなことないの
我慢するより
押さえつけるより
気づく方が
感じる方が
そして吐き出す方が
はるかにはるかに楽なんです
そうして幸せになれるんです

どうやるの?

方法はいろいろあるけれど
とりあえずは
お皿を割るとか
大声で喚くとか
簡単で、効き目があります
スポーツやカラオケもいいかも
でも気晴らしと発散は違うから
感情に向き合うことが大事です
紛らわすんじゃなくて、
ちゃんと向き合う

欠けてしまったお皿を集めておくんです
破片で怪我しないように袋に入れて
で、思い切り割る
丈夫な棒で叩いたりして
叫ぶなら
私の場合は車に乗って
ホームセンターの駐車場とか
河原に行ってやってました
運転中に叫ぶのもいいですよ
誰も気がつかない

自分でできるセラピーテクニックもあります

でも
溜め込んできた古い感情は
そう簡単には解放できません
ストーリーと絡み合って
お団子になってるので

そういう時には
セッションね(^_-)-☆

わかってくれる人

わかってほしいという願い
持っていない人はいないと思います
褒められたら嬉しいですよね
認められたら誇らしい
書いたもの、作ったもの、喜んでもらえたら嬉しいし
職場なら上司に評価してもらえたらやる気出ますよね
分かり合える恋人や友達ってとっても落ち着く

でも逆に
わかってもらえなかったらどう感じますか
言いたいことが伝わらない
それどころか誤解された
努力が評価されない
気持ちが通じない
無視された
否定された
そういう時どんな風に感じますか
それを感じたらあなたはどうしますか

ぐっと飲み込んで忘れますか
わかってもらえる人や場所を探してさまよいますか
わかってもらうことを諦めますか
そんなこと本当にできますか

本当はね
あなたをわかってあげるのは
あなたの仕事なのです
わかってもらいたいという思いを
一番わかってあげなくちゃいけないのはあなた自身なのです
それはずっと昔にあなたが置き去りにしてきてしまった小さなあなたの声
封じ込めてしまった悲しい思い
安心できる場所を求めて迷っている
わかってほしいと思っていたこと
何をわかってほしいと思っていたのか
何に気づいて欲しかったのか
誰に気づいて欲しかったのか
あなたがそれを見つけて
あなたがわかってあげない限り
あなたが本当にわかってもらえたと感じることもできません
誰に会っても、どこへ行っても
外側にはないのです

でももしもそれができたら
わかってもらいたかった小さなあなたに出会い
心から抱きしめることが出来たなら

わかってもらいたかった思いは喜んで流れていきます
この時を待っていた、と大きな吐息をついて
あなたはもう迷う必要がない
探す必要がない
わかってもらえないといって傷つくことがない

そしてどういうわけか、
わかりあえないと思っていた人とのコミュニケーションがスムーズになり
わかってくれる人にどんどん出会えるようになるのです

ただ、その隠れている思いを見つけるのは
自分ではなかなか難しい
そういう時に、私がお手伝いします
15:50

もやもやとした思い

引き続いてお客様の声です。

「先日はセッションありがとうございました。
内容は過去にも色んなところでカウンセリングしていましたが、今回は一番深く入ったセッションでした。
20年間、全く気付いていない側面として自分を許さず自分を否定したまま悲しんでいたことに驚きました。
りえさんの鋭い質問でどんどん深くに入っていくので、感情もどんどん湧いてくるのですが、体の苦しい場所に何も言わなくても手を添えて、感情を洗い流してくれるのでフワッと楽になりました。
私は感情を言葉にするのが苦手なので、りえさんのセッションはとてもやりやすかったです。
ありがとうございました♡」

E、30代、女性

テーマは、「何かやらなくちゃと思うけれど、何をやりたいのかわからない」、というものでした。

こういう漠然としたテーマは、一見それほど深刻ではないように見えます。




しかし丁寧なカウンセリングで見えてきたものは、過去の大きなトラウマ、そのトラウマによってその後の人生がすっかり変わってしまったこと、そして、強い自己否定の感覚でした。




その自己否定の感覚が強烈すぎるために、感情を感じることが苦手になり、感じても否定してしまい、そのために何がやりたいのか、何が楽しいのかもわからなくなってしまう。漠然としていたのは、苦しみが軽いからではなく、むしろ重すぎるからだったのです。




それを突き止め、少しずつ少しずつ、ゆっくりと溶かしていきました。抑圧が激しいのは、それだけ痛みが強いからです。ですから局所麻酔を当てながら傷を治療するように、柔らかく柔らかくアプローチします。




一度のセッションですべてを癒しきることはなかなか難しいと思いますが、それでもたくさんの痛みが流れ出しました。

その後くださったお便りでも、少しずつ日々の暮らしが明るくなっているそうです。

クライアントさんが、重い荷物を降ろし、新しい空気を吸い、人生を取り戻していかれる、そんな現場に立ち会える。




セラピスト、なんて素晴らしい仕事なのかと天を仰ぎます。




Eさん、ありがとうございます。