らくちんこ道じゅんころさんと

変わったお名前ですが、お会いするとごく普通の優しい女性です。大阪の道頓堀で非二元のお話会をされていて、何度かお会いしました。

メッセージはとてもシンプル、大和田菜穂さんと同じ、「これしかない」です。
でもエゴと思考にも付き合ってくださるし、お笑い芸人かと思うくらい面白いので、とっても楽しいんですよ。気さくに親身に話してくださって、とてもありがたいんです。
そして、わたしがじゅんころ効果、と呼んでいるものがあるのです。
なんというか、あ、そうか、というような。
何にも問題ない、深刻にならなくていい、ってことが、わかっちゃうというか、わかったような気がする、というか。そういうひとが続出しています。日常に戻るとまた思考に巻き込まれることが多いみたいですけれど、一度でもわかったら、忘れません。
その効果なのかなんなのか、「私」が消える体験が、ちょくちょく起きるようになりました。スピリチュアル・アナトミーと相乗効果を生んでいる気がしています。
一瞥とは少し趣が違いますが、先日は、ゆで卵の殻をむいている時にそれが起きました。
一瞥と同じで、そこには殻をむいている人はなく、目の前に卵と、動いている手があるだけ。思考は一切なく、時間が止まっている、というか、今しかないことがはっきりわかりました。あ、と思った途端にまた戻ったんですが。
またある時は、自我が抜けていく感覚が強烈で、そうするとそこには誰もおらず、恐れが全くなく、あらゆる行動に意味がありませんでした。ただ、愛だけがあって、愛に基づく行為だけが、まるで輝いているような、そんな感じ。
私という感覚が、他者を作り出し、時間を作り出し、過去と未来、原因と結果、迷いや苦しみを作り出していることが、本当にはっきり見えてきています。なんとまあ、不思議な生き物なんでしょうか、人間とは。
じゅんころさんにかかれば、自我なんてないし、これしかないし、あとは全部ストーリーなんですが。
そうは言っても私は、起きたことにこうやって考えを巡らせちゃいます。そして、何にも問題ない、って本当だったんだ、本当に本当に、問題なんてないんだ、とウルウルしちゃいます♫
スピリチュアル・アナトミー品川出張セッション、お知らせした当日にほとんど予約をいただき、残っていた枠も全て塞がりました。お断りせざるを得なかった方もおられて、心残りではありますが、今後も定期的に出張セッションをしていくつもりですので、またお目にかかれることがありますね♫
ケーススタディとして、目標の50セッションはすでに終わってしまいましたが、プラクティショナー資格を得るまでは、まだ継続していくつもりです。ももよさん曰く、1回のセッションでカウンセリング1年分に相当する効果があるとのことです。
引き続きお申し込み受け付けております^_−☆

非二元とセラピーとエネルギーワーク

非二元の世界では
私はいない、と言います
誰も存在していない
全てはただ起きているだけ

 

だとすると
セラピーとかエネルギーワークって何なの?
人生には意味も目的もなく
ただ全てが起きているだけなら
生きづらさを解消する必要もないということになるの?

 

一瞥したとき
誰もいないのだ、ということの意味がわかりました
本当に、何もありませんでした
これは後付けの解釈です、ここでは時間も主体も言葉も無いので
翌日になって、戻ってきた私は思いました
エゴのすることなくなっちゃった
せっかくセラピストになったのに
やることなくなっちゃった、と
本当にがっくりしました
何日か、ベッドから出なかったような気がします
あまり覚えていませんが
それがエゴの声、マインドの働きによるものだということはわかっていても
その虚しさはなかなか辛いものがありました

 

でもそれでも
私たちはこうして生きていきますね
「私」感覚は健在です、堅田理恵の場合
ご飯を食べるし
仕事に行くし
子供を育てます
「私」が食べているのではなく
食べる、が起きているだけだ、と言いますが

 

大和田菜穂さんは著書の中で
保育園に行っているとき子供は本当はいない、
とおっしゃっていますが
でも
いるとしか思えないし
いるものとして行動しますね

 

私はいないってうそぶいたって
職場の人間関係がうまくいかないのは苦しい
機能不全の家庭に育った苦しみはずっと見かけの私を縛ります
いないはずの私が恋に落ちて
嫉妬に苦しんだりすることもあるかもしれません

 

本当は誰もいない
この全くの空の中で
起きては消える様々な現象
生まれては死ぬ様々な命
名前のあるものたち
空の世界にあって
色の現象を生きる
その両方が同時に存在するのです

 

そして現象世界にも
目で見て手で触れることのできるもの以外に
目に見えない潜在意識とエネルギーの世界があります
そのエネルギーの世界、潜在意識の世界が
実は私たちの現象世界に大きな影響を及ぼしている
見かけ上の私のエネルギーが弱まっていくにつれて、そのことがよりはっきりと自覚されるようになっていきました

 

見かけ上の私が
見かけ上の世界で苦しんでいるとき
潜在意識やエネルギーにアクセスして
見かけ上の私を緩めることができるのです
自我とはエネルギーだからです
見かけ上の苦しみは
本当に見かけでしかないのだと
セラピーやワークを通して
腑に落とすことができるのです

 

それを繰り返していくと
「私」とは思い込みにすぎないことに気づきます
「私」だと思っていたものが
実は苦しみの原因だったのだとわかります
「私」なんていない、ということが腑に落ちた時
真に今この瞬間に実在する時
その静寂、そのしんとした平和を味わうとき
ああこれのことだったのか
深いため息が漏れるのです

 

Heavenly Blue でのセラピー、RB Solution©の方針が変わります
これまではセラピストがプレゼンス、今ここに立ち、クライアントさんをサポートしてきましたが
これからはクライアントさんにも、プレゼンスに在っていただけるよう誘導しながら進めます
その方が、解放が深くスムーズになり、真の自己とはなにか、を思い出していただくことこそが、最もパワフルな癒しとなるからです
もちろん、非二元や目覚めに興味のない方には、そのご意向に沿ったセッションを行います(^_-)-☆

 

大和田菜穂さん(*^-^*)

大和田菜穂さんのお話会にいってきました
衝撃に頭がガンガンしてました
でも同時に、とてもすっきりする

 

メッセージはとてもシンプルです。
本当は誰もいない、自分も自分以外も誰もいない
ただ、「全体」があって、そこから全てが生まれている
何もないけれど、同時に全てがある
そこから全てが単に起きているだけ
そのとてつもない自由さ
個人がそもそもいないから、目覚めるとか、悟るとか、あるいはそこへ至るプロセスもない
「全体」が、「全体」自身に気づくだけ
「私」が「私でないもの」「悟り」を求めて探究する限り、それにたどり着くことはあり得ない
探究のエネルギーはベクトルが真実とは逆を向いている
だから、目覚めるために「私」にできることは何もない

 

軽やかに、朗らかに生きている菜穂さんの姿を目の当たりにできたことは
堅苦しい悟りのイメージをまだ持っていた私には
本当に「痛きもちいい」感覚でした
破壊、されました

 

そのメッセージは、少し前に「私が」経験したものと実は同じです
車を運転していた時のことでした
誰もいなかった
何もなかった
ただ、運転が「起きて」いた
誰もいないのに、車はちゃんと走っていたんです
そして、何かが、それ自身に気がついた、
はっと
だけどそこで、「私」が戻っちゃったんです
気付いた瞬間に生じたエネルギーの爆発の威力にびっくりして
自我のエネルギーが復活してしまった
菜穂さんのように、完全に「私」が消えることをせずに
まさに一瞥

 

それをエゴ的私は嘆いたりもするけれど
でも
だからこそわかることがある、ということに気づきました
自分がいないってこのことか
ああこれが「それ」なんだ、という実感
「私」がいる感覚と
「私」がいない感覚の両方
その違いがわかる
何よりも、どうすりゃいいの、ってことのヒントがわかる
少なくとも自分には有効だったあれこれ
セッションの位置づけもはっきりしました

 

何もできないわけじゃない
できることは、あるんです
それなりに
探究のエネルギーを強化しない、逆に緩める方法
悟りを求めて永遠に彷徨わずにすむ方法
その微妙なさじ加減
そして、「自我」がじわじわと崩壊していくのを実感してもいます
だからいつか消えちゃうのかどうか、そりゃわかんないけども

でも、自由です、確実に