後悔からの自由と理由のない幸福

身辺の嵐のことを前回少し書きましたが
嵐に翻弄される木の葉であってもだいじょうぶな感覚を失わなかったのはなぜなのでしょう

セラピスト開業した頃
抱いていた自己肯定感には理由がありました
癌や鬱を経験し、そして楽になったのだから
トンネルには必ず出口があるとわかったのだから
出口を見つける方法を知っているのだから
これを伝えることができる
そして、エネルギーというか、ひとの感情や思いがわかるようになったことも

つまり、〇〇な私、というなにがしかの理由
これはこれで良かったと思います
素晴らしい感覚だったし、それで誰かが楽になって、喜んでもらえるのが本当に嬉しかった
天職を見つけたと思ったものです

でもことはそれでは終わらなかったのですね
〇〇な、という理由は
移り変わるからです
言い換えれば、
移り変わらないものなど、何一つ無いからです
〇〇そのものが変わることもあるし、〇〇に対する自分の意味づけが変わることもあります
理由のある幸福は、理由の変化とともに、消えるとまではいかなくても質的に変化するものなのですね

何がどのように起きたのか、書ければいいのですが、
それには本1冊分くらいかかるかもしれないのでここでは割愛します

何度も何度も感情の嵐に巻き込まれましたが、その最中にもにもそれをじっと見ている何かがありました
まったく静かに、まったくニュートラルに、ただそこにある何か
ときおりエアポケットのようにそこにすぽっとはまると
ただただ静かです
またそこから嵐のなかへ投げ出されても
何かが以前とはまったく違います

その違いについて気がついたことがあります
後悔がないのです
後悔、あるいは罪悪感、あるいは自己嫌悪
たとえば侮辱されて激しい怒りに燃えていても
わかってもらえなくて悲しくて泣いていても
そこに、自分を責める思いがない
自分が正しいからとかそういうことではなくて
開き直るとかそういうことでもなくて(正しくなくてもいいのです)
悔やむ、ということがないのです
あるいは恥じる、ということがないのかもしれない

苦しみの本質は
自己否定なんだと改めて痛感しました
自分を責める気持ち、これが何よりも苛むのです
あるいは深いところで、どこか自分というものを恥じている感覚

繰り返し脳裏に浮かぶ問題や悩みがあったら
そうっと自分に問いかけてみてください
誰かに対する怒りの陰に
消えない迷いの陰に
ご自分を責めるもう1人の自分がいないかどうか

〇〇な、がなくなってもOKになると
〇〇のない「私」っていないんですよね

自由だけが残ります♪

東京・熱海・京都およびSkypeでセッションを行っています
お問い合わせくださいね(^_−)−☆
ブログの内容に疑問や質問がある場合にも、お気軽にお問い合わせください

草抜きとセラピー

伊豆へ来て多分10日以上経ちました

時間の感覚がなんだか曖昧で…
日付や曜日より、その日のお天気と気温が重要な感じ
セッションのスケジュールだけは忘れないように頑張っていますが

毎朝鶏の鳴き声で目が覚めて、朝7時には作業開始です^^;
先日は水を張った田んぼに入って草抜きをしました
水を張った田んぼを歩くのって、とっても大変
お尻が濡れるからしゃがむわけにもいかず、妙な中腰で作業しました
耕運機をかければほんの数十分で済む作業に、何日もかかります
緑の草を土に鋤き込んでしまうと、メタンガスが発生して苗にダメージを与えるので、丁寧に手作業で抜くのです
自然農法を知らないわけではないのですが、趣味の週末農業と農園とでは、やっぱり真剣さも違いますね

草を抜くのも、根を残さないように、根こそぎ抜く必要があります
そうしないとまた生えてくるから
アジャシャンティがそんなことを書いてたな、と思いながら作業しました
土中に隠れている根っこを抜くように、マインドも徹底的に洗い出す必要がある、というような話だったかな
根っこの感触を慎重に探っていきます
微妙な手触りで、力をいれて抜くべきポイントがわかります
セラピーに似ています
カウンセリングしながら、リーディングしながら、苦しみの原因となる思い込みやそのエネルギーを、丁寧に丁寧に探ります
ただ漫然とやってもセラピーの形にはなるかもしれませんが、ここ、というポイントがあるのです
そのときのその人の、その問題のコア、というか
自分のマインドを徹底的に鎮めて、感覚を研ぎ澄ませて、クライアントさんの言葉にならない声までもを聴きとります
探って探って、ここだ、というポイントをつかみます
草取りと違って、引っこ抜いたりはしませんけれどね(^_−)−☆
農作業のあとの筋肉痛が大変です^^;

5月の東京セッションの日程が決まりました
15日、17日、26日の3日間です
スカイプセッションは随時受け付けています
お申し込みの際は、対面・スカイプの別、希望日時を第3希望くらいまで書いて、メール頂けると助かります

心も初夏の準備を(^_−)−☆

今日は暖かいですね
上着も要らない感じ♪
ブログをずっと更新していないのに、毎日たくさんの方が訪れてくださっていて、感謝しています
ちゃんと書いてくださいよ、って叱られちゃいました^^;

東京に来ています
部屋の窓からいるかと富士山が見えます

早いもので東京出張セッションもいつの間にか6回目
告知するのも忘れるズボラぶりですが、毎回古い記事を読んで申し込んでくださる人と、継続してくださる人とがいらっしゃって、ありがたいことです

ずっと身辺いろいろありまして、やっと落ち着きました^^;
深いところに隠れていたものが、3ヶ月くらいかけてこれでもかこれでもか、と浮上してきていました
あーだこーだジタバタもがき、やっとピークを越えたようです
自我という幻想、私という思い込みを手放すプロセスが、容赦なく進んでいった感じです
いったいいつまで続くのか、と嘆きたくもなりましたが、でもどこかで大丈夫だとわかってもいました

その間、エゴの仕組み、その幻想性、苦しみの正体、をじーっと観察していました^^;

いま、空っぽな感じが更に定着していくのを感じています
「私」がいない経験は、いままで自分1人の時にしか起きなかったのですが、誰かと一緒にいても起きるようになり、すこしずつそちらがデフォルトになりつつあるようです
そうすると、相手も空っぽだということがよくわかります
そして、時間というものもないし、全てはただ起きているだけ
これ、があるだけで他には何もない、としか言いようがないことも
その自由さをどう表現すればいいのでしょうね
セッションはこれからも続けるけれども
その内容はおおきく変わって行くかもしれません

伊豆に引っ越したんです
何故?どうして伊豆に?
といろいろ聞かれますが、さあ、そんな成り行きになりまして、としか言えないんですよね
説明しようとすればあれこれ言えるけれど、説明しても仕方がないような感じでもあります
そのように起きただけ、かな
引っ越し先については、また詳しく書きますね(^ ^)
とっても素敵なところなんです

来月から東京出張セッションは、週一回程度行います
それ以外はスカイプなどでの遠隔
伊豆の山奥まで来てくださるのであれば、もちろん歓迎いたします
早速伊豆でのセッションをお申し込みくださる方もいて、とっても嬉しいです(*^_^*)

幻想の私を一枚ずつ脱いで、心も初夏服に着替えましょう(^_−)−☆

第2回東京出張セッションのお知らせ(^_-)-☆

前回の出張セッションでは、たくさんのお申し込みを頂きありがとうございました。

お会いできた方々とは、なにか深い縁が結ばれたような気持ちでいます。

それにたくさんの差し入れ、ありがとうございました。食事する時間を取っておくのを忘れたので、おにぎりの差し入れとかとってもありがたかったです(⌒-⌒; )

もっとじっくりとおひとりおひとりに時間をかけたセッションをしたかったな、と思いますが
なにぶんケーススタディのため時間に限りがあり、皆さんを無理やり異次元空間への旅から呼びもどさなくてはならなかったのが、ちょっと心残りです。
それでも皆さんに、真実の自分の一端、思考から自由になった深いリラックスを、体験していただけたようで大変嬉しいです。
継続セッションをご希望くださった方が9割以上あり、前回お受けできなかった方のご希望にも応えたいので、第2回東京出張セッションを行います。
場所は同じ品川で、前回よりも1日長く滞在します。
告知する前に大半が埋まってしまったので、空きは残り数枠となりました。
ご興味のある方はお早めにお申し込みくださいね^_−☆
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品川出張セッション第2回
12月11日〜14日  料金6000円(出張費混み)
お申し込みはお問い合わせフォームからお願いします。
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らくちんこ道じゅんころさんと

変わったお名前ですが、お会いするとごく普通の優しい女性です。大阪の道頓堀で非二元のお話会をされていて、何度かお会いしました。

メッセージはとてもシンプル、大和田菜穂さんと同じ、「これしかない」です。
でもエゴと思考にも付き合ってくださるし、お笑い芸人かと思うくらい面白いので、とっても楽しいんですよ。気さくに親身に話してくださって、とてもありがたいんです。
そして、わたしがじゅんころ効果、と呼んでいるものがあるのです。
なんというか、あ、そうか、というような。
何にも問題ない、深刻にならなくていい、ってことが、わかっちゃうというか、わかったような気がする、というか。そういうひとが続出しています。日常に戻るとまた思考に巻き込まれることが多いみたいですけれど、一度でもわかったら、忘れません。
その効果なのかなんなのか、「私」が消える体験が、ちょくちょく起きるようになりました。スピリチュアル・アナトミーと相乗効果を生んでいる気がしています。
一瞥とは少し趣が違いますが、先日は、ゆで卵の殻をむいている時にそれが起きました。
一瞥と同じで、そこには殻をむいている人はなく、目の前に卵と、動いている手があるだけ。思考は一切なく、時間が止まっている、というか、今しかないことがはっきりわかりました。あ、と思った途端にまた戻ったんですが。
またある時は、自我が抜けていく感覚が強烈で、そうするとそこには誰もおらず、恐れが全くなく、あらゆる行動に意味がありませんでした。ただ、愛だけがあって、愛に基づく行為だけが、まるで輝いているような、そんな感じ。
私という感覚が、他者を作り出し、時間を作り出し、過去と未来、原因と結果、迷いや苦しみを作り出していることが、本当にはっきり見えてきています。なんとまあ、不思議な生き物なんでしょうか、人間とは。
じゅんころさんにかかれば、自我なんてないし、これしかないし、あとは全部ストーリーなんですが。
そうは言っても私は、起きたことにこうやって考えを巡らせちゃいます。そして、何にも問題ない、って本当だったんだ、本当に本当に、問題なんてないんだ、とウルウルしちゃいます♫
スピリチュアル・アナトミー品川出張セッション、お知らせした当日にほとんど予約をいただき、残っていた枠も全て塞がりました。お断りせざるを得なかった方もおられて、心残りではありますが、今後も定期的に出張セッションをしていくつもりですので、またお目にかかれることがありますね♫
ケーススタディとして、目標の50セッションはすでに終わってしまいましたが、プラクティショナー資格を得るまでは、まだ継続していくつもりです。ももよさん曰く、1回のセッションでカウンセリング1年分に相当する効果があるとのことです。
引き続きお申し込み受け付けております^_−☆

クライアントさんが覚醒!?

先日セッションにいらしたクライアントさんが

「昨日不思議なことがありまして」
と話し出されたのです
スピリチュアル・アナトミーのセッションを3回
それ以前にもRB Solution のセッションを何回か受けてくださった方なのですが
「私がいない、ってことがわかりました」と
お話を伺うと、
一瞥とも違うし
いわゆる覚醒でもなさそうな
でもさらに詳しく伺うと
やっぱり覚醒したとしか思えないような
ご本人は、覚醒じゃありません、とおっしゃるのですが
思っていた覚醒のイメージと全然違うから、普通だから、と
長い間癒しにこだわってあれこれ探してきたけれど
ふと気がついたら
癒される私って誰?どこにいるの?
おらへんやんか〜〜〜〜って
気がついてしまったと
本当の自分は
今まで自分を自分だと思っていたその自分に気づいている何か、のほうで
しかも
自分だと思っていたものも
本当の自分、というものも
実は無い
無いやんか〜〜
目の前の椅子も
話している私も
ちゃんとあるけど
無いー
あれ???
な状態だそうで
そうなると
自由意志も選択もない
全ては起こるべくしてただ起きていて
なにひとつ変える必要がなく
原因とか結果ってものもなくて
全ては同時に起きているし
全ては大丈夫だとわかっている
辛いことがあってさえ
大丈夫だとわかっている
もう何かをしようとしなくていい
そう語る彼女の顔は
ひと月前とはまるで別人でした
お会いする度に、変容されているなとは思っていましたが
まさかこんなに変わるとは
全ては大丈夫だと腹の底からわかっている
深くリラックスしていて
波動がとても気持ちいい
それでも覚醒では有りません
エゴが残ってるのがわかるから
とおっしゃるけれども
もしそうだとしても
これだけわかっていれば十分ではありませんか?
十分幸せですよね
わかるもわからないも無いんです
とまたおっしゃるんですけどね〜
とにかく私は
嬉しくて仕方が無い
スピリチュアル・アナトミーって
本当にすごい魔法だと思います
もちろんそれだけでこのシフトが起きたとは思いませんが
ケーススタディやってます^_−☆

スピリチュアル・アナトミーのケーススタディを始めます

ずっとブログを更新していないのに、毎日たくさんの方に訪れていただいて、ありがとうございます
さて、
スピリチュアル・アナトミーのケーススタディを始めます
限定50セッション、破格の4000円!

9月後半の2週間、ロンドンに行っていました

Momoyoさんの、スピリチュアル・アナトミーのプラクティショナートレーニングを受けるためです
きっかけはあの動画、派手にクライアントさんがぶっ倒れるのを見て、何が起きてるの? なんでああなるの⁉︎ という好奇心を掻き立てられたことでしたが
実際自分が受けてみて、びっくり
マインドが削除されるのです
脳幹から、マインドのエネルギーがざーっとデリート(削除)されるのがありありとわかる
そしてめちゃ気持ちいい
それでいて、意識はちゃんとあるのです
周りで起きていることもわかっている
体は動かないのですが、現実に戻ろうとすれば戻ることもできます
頭は痛くなりますが
そしてこのワークのコンセプト
人間の苦しみは、思考と感情の絡まり、それを真実だと思い込んでいるところから生まれる
3次元で私たちが見ているものは、4次元の情報の投影にすぎない
だから4次元の情報にアクセスして書き換えることができれば、3次元の現実なんてどうとでもなる
真の幸福とは、3次元の現実が思い通りになることではなく、本当の自分を思い出すこと
本当の自分とは、いつでもここにあって、決して失われることのない、魂としての自分、その本質は愛
魂にとって全てに意味はない、ただ静かなだけ、私というのは本当はいない
それは3次元との同化、思考や感情、私という思い込みとの同化から外れることで思い出せる
このワークの目的は、クライアントさんを3次元との同化から外し、4次元へ連れ出すことで、クライアントさんの覚醒を目指すもの
東京のセミナーでこういう説明を聞いた時、私は震えあがりました
だって、非二元にそっくりじゃないですか
私がやろうとしてきたことにすごーく近い!
もちろん違うところもあるけれど
しかも、それがワークになっている!
で、ロンドンに行ってまいりました!
みっちり9日間、トレーニングを受けてまいりました!
龍や、宇宙人とも、太陽神や月の神様とも遊んでまいりました(*^^*)
帰国してからもずっと思考停止あるいは低下状態でふらふら
エネルギーはずーっとぐるぐる
寝てばっかりでしたが
本当は、帰国したらすぐにセッションを始めた方がいい、とのアドバイスをいただいていたのです
でないと、エネルギーを持て余して身体を壊すんだそうで
で、セッションを始めてみると
確かにすっきりしますね〜
やっと、ブログを書けるほど思考が回復してきました
というわけで、ケーススタディを始めます
興味がおありの方は、是非お申し込みくださいね(^_-)-☆
40〜60分で4000円です

 

グレート・パラドクス

真実は
いまここにしかありません
いまここ、というのも本当は正確ではなくて
英語では
プレゼンス、と呼んだりします
他にもいろんな言い方がある
これ、とか、それ、とか
アイアム、とか、存在とか
名前のつけようがないのです
名前、概念、意味、時間、そういうものを一切超越しているから
だから、
それを言葉で表現するのは不可能に近い
無理なんです
言葉を当てはめた途端にそれは嘘になるからです
でもそこには確かに何かがあって
しかもそれは途方もなく大きくて
途方もなく静かで
そして開いている
喜び、としか言いようのないものに満ちている
愛、としか言いようのないものが溢れてくる
そして、
そこには誰もいないのです
誰もいない
意味もない
そしてそのことが
なんとも言えない安らぎを生む

それが空です

でも一方で
私たちは色の世界を生きている
つまり現象の世界です
あなたがいて
私がいて
あなたと私は違う人
これ、とそれ、は別のもの
年月が過ぎると年をとり
離れた人に会うのは一苦労
そういう世界を生きている

その両方が
同時に存在するのです

そして不思議なことに
空に気づけば気づくほど
存在の無意味さに開けば開くほど
これが私だ、と思い込んでいたものが
解ければ解けるほど

現象の世界
私がいる世界
色の世界は
生き生きとし始めるのです
なんというか
怖いもんなし
なんでも来い
そしてとても平和

しかも
いままでこれがリアルだ、と思っていたものが
実は幻想だとわかるだけでなく
その幻想の世界は
実はもっともっと広くて
もっともっとバラエティに富んでいて
もっともっとダイナミックだとわかり始める

私の場合だと
エネルギーがわかりはじめました
人の感情がわかったり
石や植物や動物の気持ちがわかったり
目に見えない存在が見え始めたり
宇宙人や龍やなにかと遊んだり
そしてそういうエネルギーを介して
みんながもっと幸せになるように
お手伝いできるとわかり始めたのです
私たちはこの身体、肉体を超えた存在
時間も空間も超えることのできる存在だと
実感しはじめました

面白くて仕方がありません
生まれて3ヶ月くらいの赤ちゃんは
世界があることに気づいて
楽しくて仕方がない
という仕草を示します
あーあー、まーまー、と喃語をいい
自分の手や足をものすごく嬉しそうにしゃぶります
あれー、こんなとこに面白いものがあるぞ
何だろうこれ
口に入れるとくすぐったいぞ
まさにあんな感じ

私がいないのに
私がいる素晴らしさ
この偉大なパラドックス
楽しまない手はありません

世界が幻想に過ぎないのなら
自分の内面の投影に過ぎないのなら
その幻想だって自分で作り変えられるはず
だって映し出しているのは私ですからね
どうやって作り変えようか
何を創り出そうか
考えるのってめちゃめちゃ愉快です
あなたもやってみませんか(^_-)-☆

非二元とセラピーとエネルギーワーク

非二元の世界では
私はいない、と言います
誰も存在していない
全てはただ起きているだけ

 

だとすると
セラピーとかエネルギーワークって何なの?
人生には意味も目的もなく
ただ全てが起きているだけなら
生きづらさを解消する必要もないということになるの?

 

一瞥したとき
誰もいないのだ、ということの意味がわかりました
本当に、何もありませんでした
これは後付けの解釈です、ここでは時間も主体も言葉も無いので
翌日になって、戻ってきた私は思いました
エゴのすることなくなっちゃった
せっかくセラピストになったのに
やることなくなっちゃった、と
本当にがっくりしました
何日か、ベッドから出なかったような気がします
あまり覚えていませんが
それがエゴの声、マインドの働きによるものだということはわかっていても
その虚しさはなかなか辛いものがありました

 

でもそれでも
私たちはこうして生きていきますね
「私」感覚は健在です、堅田理恵の場合
ご飯を食べるし
仕事に行くし
子供を育てます
「私」が食べているのではなく
食べる、が起きているだけだ、と言いますが

 

大和田菜穂さんは著書の中で
保育園に行っているとき子供は本当はいない、
とおっしゃっていますが
でも
いるとしか思えないし
いるものとして行動しますね

 

私はいないってうそぶいたって
職場の人間関係がうまくいかないのは苦しい
機能不全の家庭に育った苦しみはずっと見かけの私を縛ります
いないはずの私が恋に落ちて
嫉妬に苦しんだりすることもあるかもしれません

 

本当は誰もいない
この全くの空の中で
起きては消える様々な現象
生まれては死ぬ様々な命
名前のあるものたち
空の世界にあって
色の現象を生きる
その両方が同時に存在するのです

 

そして現象世界にも
目で見て手で触れることのできるもの以外に
目に見えない潜在意識とエネルギーの世界があります
そのエネルギーの世界、潜在意識の世界が
実は私たちの現象世界に大きな影響を及ぼしている
見かけ上の私のエネルギーが弱まっていくにつれて、そのことがよりはっきりと自覚されるようになっていきました

 

見かけ上の私が
見かけ上の世界で苦しんでいるとき
潜在意識やエネルギーにアクセスして
見かけ上の私を緩めることができるのです
自我とはエネルギーだからです
見かけ上の苦しみは
本当に見かけでしかないのだと
セラピーやワークを通して
腑に落とすことができるのです

 

それを繰り返していくと
「私」とは思い込みにすぎないことに気づきます
「私」だと思っていたものが
実は苦しみの原因だったのだとわかります
「私」なんていない、ということが腑に落ちた時
真に今この瞬間に実在する時
その静寂、そのしんとした平和を味わうとき
ああこれのことだったのか
深いため息が漏れるのです

 

Heavenly Blue でのセラピー、RB Solution©の方針が変わります
これまではセラピストがプレゼンス、今ここに立ち、クライアントさんをサポートしてきましたが
これからはクライアントさんにも、プレゼンスに在っていただけるよう誘導しながら進めます
その方が、解放が深くスムーズになり、真の自己とはなにか、を思い出していただくことこそが、最もパワフルな癒しとなるからです
もちろん、非二元や目覚めに興味のない方には、そのご意向に沿ったセッションを行います(^_-)-☆

 

いまここに立つこと

今ここにあって 真に自分に向き合うことは

もっとも怖ろしく もっとも勇気のいることです

でも それができたら

それに向き合うことができたら

ひとりぼっちの深淵を覗き込むことさえできたら

その時あなたは気づきます

ほんとうは独りではなかったことに

ほんとうは一度も離れたことはなかったことに

世界が自分を責めていると思うとき

世界が自分をバカにしていると思うとき

指をさすべきは世界じゃない

そんなもの初めからないからです

指をさすのは内側

そこにいるのは誰か

責めているのは誰か

バカにしているのは誰か

独りだと信じ込んでいるときに

それがとても難しいのはわかる

でも独りだと思って震えているあなたを

あなたが愛さないなら誰が愛してくれるものですか

最初の一歩はあなたが踏み出すしかない

あなたが自分の足で、歩き始めるしかない

そうしたら

それさえできたら

助けはいくらでもあります

今この瞬間に自分の足で立つことで

ほんとうは独りではなかったとわかります

本当の自分は力にあふれているとわかります

本当の自分は愛そのものだったと思い出すのです