グレート・パラドクス

真実は
いまここにしかありません
いまここ、というのも本当は正確ではなくて
英語では
プレゼンス、と呼んだりします
他にもいろんな言い方がある
これ、とか、それ、とか
アイアム、とか、存在とか
名前のつけようがないのです
名前、概念、意味、時間、そういうものを一切超越しているから
だから、
それを言葉で表現するのは不可能に近い
無理なんです
言葉を当てはめた途端にそれは嘘になるからです
でもそこには確かに何かがあって
しかもそれは途方もなく大きくて
途方もなく静かで
そして開いている
喜び、としか言いようのないものに満ちている
愛、としか言いようのないものが溢れてくる
そして、
そこには誰もいないのです
誰もいない
意味もない
そしてそのことが
なんとも言えない安らぎを生む

それが空です

でも一方で
私たちは色の世界を生きている
つまり現象の世界です
あなたがいて
私がいて
あなたと私は違う人
これ、とそれ、は別のもの
年月が過ぎると年をとり
離れた人に会うのは一苦労
そういう世界を生きている

その両方が
同時に存在するのです

そして不思議なことに
空に気づけば気づくほど
存在の無意味さに開けば開くほど
これが私だ、と思い込んでいたものが
解ければ解けるほど

現象の世界
私がいる世界
色の世界は
生き生きとし始めるのです
なんというか
怖いもんなし
なんでも来い
そしてとても平和

しかも
いままでこれがリアルだ、と思っていたものが
実は幻想だとわかるだけでなく
その幻想の世界は
実はもっともっと広くて
もっともっとバラエティに富んでいて
もっともっとダイナミックだとわかり始める

私の場合だと
エネルギーがわかりはじめました
人の感情がわかったり
石や植物や動物の気持ちがわかったり
目に見えない存在が見え始めたり
宇宙人や龍やなにかと遊んだり
そしてそういうエネルギーを介して
みんながもっと幸せになるように
お手伝いできるとわかり始めたのです
私たちはこの身体、肉体を超えた存在
時間も空間も超えることのできる存在だと
実感しはじめました

面白くて仕方がありません
生まれて3ヶ月くらいの赤ちゃんは
世界があることに気づいて
楽しくて仕方がない
という仕草を示します
あーあー、まーまー、と喃語をいい
自分の手や足をものすごく嬉しそうにしゃぶります
あれー、こんなとこに面白いものがあるぞ
何だろうこれ
口に入れるとくすぐったいぞ
まさにあんな感じ

私がいないのに
私がいる素晴らしさ
この偉大なパラドックス
楽しまない手はありません

世界が幻想に過ぎないのなら
自分の内面の投影に過ぎないのなら
その幻想だって自分で作り変えられるはず
だって映し出しているのは私ですからね
どうやって作り変えようか
何を創り出そうか
考えるのってめちゃめちゃ愉快です
あなたもやってみませんか(^_-)-☆